大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)212号 判決 1982年5月31日

第九一号事件 原告 野村利雄 (右事件以外原告 一八五名)

第九一、九三~九八号事件 被告 東京都千代田都税事務所長 (右事件以外被告 二五名)

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告らが原告らの昭和五〇年分事業税につきいずれも昭和五〇年八月一一日付でした賦課決定のうち事業税額が別表の原告ら主張額欄記載の金額を超える部分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告らの負担とする

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らは、いずれも青色申告書を提出することにつき所轄税務署の承認を受けている者であるが、昭和四九年年分の所得税の申告に当たり、租税特別措置法(昭和三二年法律第二六号、ただし、同四八年法律第一六号による改正後のもの、以下「措置法」という。)第二五条の二のみなし法人課税を選択し、それぞれ別表の事業主報酬額欄記載の事業主報酬を取得したものとして所轄税務署長に確定申告をしている者である。

2  被告らは、原告に対し、原告らの昭和五〇年分事業税につきいずれも同年八月一一日付で別表の事業所得金額記載の金額を課税標準として、同表の賦課決定額欄記載のとおり事業税の賦課決定をした(以下、これらの各賦課決定を一括して「本件賦課決定」という。)。

3  しかし、本件賦課決定は、原告らの右事業所得金額から別表の事業主報酬額欄記載の事業主報酬を控除せず、これを含めた金額を課税標準とする限度で違法であり、右事業主報酬額を控除して計算した原告らの事業税額は同表の原告ら主張額欄記載のとおりである。

よつて、原告らは、被告らに対し、本件賦課決定のうち、事業税額が右原告ら主張額欄記載の金額を超える部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

請求原因1及び同2の事実は認める。同3のうち、本件賦課決定が原告ら主張の事業主報酬を課税標準の一部としていることは認めるが、その余は争う。

三  被告らの主張

本件賦課決定の課税根拠は、以下のとおりである。すなわち、原告らは、それぞれ別表の事業の内容欄記載の事業を営む者であるところ、その昭和四九年中の事業の所得は、右表の事業所得金額欄記載のとおりであるから、被告らは、右事業所得金額を基礎とし、これに事業の所得金額計算上所得税の計算の例によらないとされている部分及び所得税とは別に計算すべき部分の金額を法令の規定により加減算し、さらに各種の所得控除(事業主控除額はその一種で、本件賦課決定における控除額は昭和五一年法律第七号による改正前の地方税法(昭和二五年法律第二二六号、以下「法」という。)第七二条の一八第一項により一八〇万円である。)をしたうえ、本件賦課決定をしたものであるから、右賦課決定には何らの違法もない。

四  被告らの主張に対する認否

被告らの主張のうち、原告らが、被告ら主張に係る事業を営む者であり、その昭和四九年度中の事業の所得(事業主報酬控除前のもの)が被告ら主張のとおりであることは認めるが、本件賦課決定に何らの違法もないとする点は争う。

五  原告らの主張

1  個人事業税の課税標準算定上、事業主報酬が法第七二条の一七第一項の「必要な経費」に当たることは、以下に述べるとおりである。

(一) 個人事業税の課税標準は、東京都都税条例(昭和二五年東京都条例第五六号、以下「都税条例」という。)第一条及び第二五条並びに法第七二条の一七第一項によれば、当該年度の初日の属する年の前年中における所得によるものとされ、右所得とは、当該事業に係る総収入金額から必要な経費を控除した金額で、その算定方法は、地方税法又は政令で特別の定めをする場合を除くほか、所得税法第二六条及び第二七条の不動産所得及び事業所得の計算の例によるものとされている。

(二)(1) ところで、個人事業主が事業経営から得る所得には、事業主が投下した資本の利潤たる部分と、事業遂行のために費やした労務に対する対価たる部分とが含まれているが、個人事業主が自らの事業のために出捐する労務は、法人の役員や従業員が提供する労務とその本質において何ら変わるところがなく、従つて、事業主の提供した労務に対する対価である事業主報酬は、法人役員や従業員に対する報酬ないし給与と同様に必要な経費に該当するものである。

これを所得税法に即して検討すると、同法の事業所得に関する規定は、事業(企業)会計と家計の厳格な分離を要求しており、このことからすれば、所得税法は、事業主報酬の必要経費性を当然に予定し、容認しているものというべきである。すなわち、所得税法は、課税客体を所得としたうえ、所得をその源泉ごとに一〇種類に区分し、それぞれにつき所得金額の計算方法を定めているが、事業所得の計算については、「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」(同法第二七条第二項)とし、右の必要経費につき総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする旨を定め(同法第三七条第一項)、他方、家事上の経費及び家事関連費については、右の必要経費に算入しないものとしている(同法第四五条第一項第一号)。

以上の事業所得計算の構造に照らせば、所得税法は、事業に係る収入及び支出を、事業主個人の他の経済活動及び私的消費生活から分離独立したものとして所得金額を計算すべきものとしているのである。ところで、事業に係る総収入金額を得るためには、事業主の労務ないし役務の提供が不可欠の要件であり、右労務ないし役務に対する対価は、多くは前記の一般管理費に、また場合によつてはその一部が直接費に配分されるべき必要経費を構成し、従つて、事業主の労務ないし役務の対価である事業主報酬が原価(コスト)を構成することは極めて当然といわなければならない。しかして、所得税法の事業所得に関する必要経費について定める規定の中には、事業主に対するものを除くとの規定は見出し得ないのであり、このことは、所得税法も事業主報酬の必要経費性を当然に予定し、容認しているからにほかならない。

また、所得税法は、第五六条において、事業専従者が事業から対価の支払を受ける場合の対価の額を必要経費としない旨の別段の定めをしているが、帳簿書類の完備している青色申告者については、この別段の定めをする理由がないので、第五七条において右専従者に対する対価を必要経費に算入する旨定め、本来の姿にもどしているところ、右第五六条においても、事業専従者が「事業」から対価の支払を受けるものと定めており、このことは、事業主とは別に事業自体を観念しているものというべく、従つて、事業自体が事業主に対し報酬を支払うことはいささかも不都合不自然ではなく、また、前記のように、青色申告者の事業所得の計算上、事業が事業専従者に支払う給与が必要経費に算入されるということは、同時に事業主報酬も必要経費に算入されるべきことを示しているのである。

以上によれば、措置法第二五条の二が定めるみなし法人課税の制度は、事業主報酬の必要経費算入についての創設規定と解すべきではなく、右規定は、所得税法第五七条によつて必要経費性が認められている事業主報酬の算入方法を特定した規定にすぎないと解すべきである。

(2) 所得税法が事業主報酬の必要経費性を容認していることは、次の経緯からも明らかである。すなわち、所得税法施行以来の個人企業における給与制実現の経緯についてみると、まず、専従者については、昭和二五年に青色申告制度が発足した後、同二七年にはじめて青色専従者控除制度が採用され、その後控除額は次第に拡大し、ついに同三六年には青色専従者に給与制が導入され、同時に白色申告者についても専従者控除が認められるようになつた。そして、同四三年には青色専従者完全給与制が実現したものである。

これに対し、事業主報酬については、まず、昭和四六年に青色事業主特別経費準備金制度が創設され、次いで、これに代わつて、同四七年に青色申告控除制度が、同四八年にはついに事業主報酬制度(みなし法人課税制度)が設けられ、これが翌四九年には住民税にも適用されることとなつた。

以上のような、個人企業における給与制及び事業主報酬制の実現の経緯は、個人企業の経営の合理化すなわち、店(企業会計)と奥(家計)との区分の確立に照応した当然の経緯というべきであり、従つて、右事業主報酬制度、事業主報酬の必要経費性を確認したものというべきである。

(3) 仮に、所得税法が事業主報酬の必要経費性を認めていないとしても、前記のみなし法人課税の規定は、課税標準算定の特例を定めた規定と解すべきであるから、右規定は、個人事業税の課税標準の算定に当たつても適用されるのである。すなわち、措置法第二五条の二の第二、三項によれば、みなし法人課税制度を選択した場合の所得税の課税標準である総所得金額の算定は、<1>事業所得が事業主報酬及びみなし法人所得に分解されることにより、不動産所得の金額及び事業所得の金額はないものとみなすこと、<2>事業主報酬の額を給与所得に係る収入金額とみなすこと、<3>みなし法人所得額のうち、それに係る税額以外の部分を配当所得とみなすことにより行なわれる。そして、右の方法によれば、みなし法人課税制度を選択しない場合と選択した場合とでは課税総所得金額が異なつてくるのであり、この結果税額が異なつてくるのである。従つて、措置法第二五条の二は、課税標準の算定をも変更せしめる特例を定めているのであるから、右規定が個人事業税の課税標準の算定に当たつても適用されることは明らかであり、原告らの事業主報酬は必要経費として控除されねばならないのである。

(4) 個人事業税の課税標準の算定上、事業主報酬が必要経費として全額控除されるべきことは、事業税の本質からも明らかである。すなわち、事業税の課税客体ないし課税物件は「事業」であり、事業税の賦課の対象となる担税力を推定すべき物件が「事業」である以上、事業の主体が個人であると法人であるとを問わず、事業の規模又は活動量を最もよく表現するものを選択すべきであり、その意味では資本金額、売上金額等を課税標準とする方が事業税の本質に適合するものであつて、現行法のように所得を課税標準とすることは、物税としての事業税本来のあり方にふさわしいものとはいえないのである。しかし、所得を事業税の課税標準とすることが立法府の裁量として許されるならば、事業税の課税標準としての所得を認識するについては、物税としての本質に可能な限り適合するように行なわれなければならないというべきである。そうすると、個人事業主の事業所得は、事業の利潤たる部分(資産性所得)の他に、事業主の勤労の対価たる部分(勤労性所得)を含むいわば混成所得であるから、事業税の課税標準である事業所得金額を算定するに当たつては、後者の事業主の勤労の対価たる部分、つまり事業主と同一の労務提供能力と資産運用能力を有する第三者を当該事業に雇用したならば支払うであろうと客観的に認められる報酬ないし給与相当額を控除すべきであり、これを控除した残額を事業の所得として課税標準とすべきである。

これを他の側面からみるに、租税は特定の人の担税力を全体として捉えて課税する人税と部分的な物又は経済現象を捉えて課税する物税に区分することができるが、事業自体を課税客体とする物税たる事業税においては、事業主体の資産運用能力や労務提供の対価たる部分を収入金額から控除しなければ、事業の担税力と事業主体の担税力とが混同され、事業税の本質に矛盾するし、また、事業所得の資産性部分と勤労性部分とが本質を異にし、事業自体の所得を算定するに当たり、後者の部分が必要経費となることが認識された結果、昭和四八年にみなし法人課税制度が創設され、これが住民税にも適用されるようになつたのであるから、物税たる本質を有する事業税については、一層強い理由から勤労性部分、すなわち事業主報酬部分に課税することは許されないものといわなければならない。もし、そうでないとするなら、税体系上一貫性を欠くばかりか、本来事業税の課税客体となり得ない個人事業主の報酬部分について、事業税と所得税の二重課税をすることとなり、応能負担の原則にも反することとなる。

(5) 個人事業税の課税標準の算定上、事業主報酬が必要経費として全額控除されるべきことは、事業税の課税根拠からも明らかである。すなわち、事業税の課税根拠は、事業が収益活動を行なうに当たり、地方公共団体から各種の行政サービスの提供を受けていることから、これらに要する経費を分担すべきであるとする考え方、すなわち、応益原則にあるものと考えられている。ところで、個人事業主の事業所得には、投下された資本の利潤たる部分と事業主が事業遂行のために費やした労務に対する対価たる部分とがあるが、後者は、法人の役員や一般給与所得者の給与所得と同じであり、事業自体の所得ではないから、事業が受ける行政サービスのコストを負担するという前記の応益の原則からすれば、右事業主に対する対価すなわち事業主報酬部分を事業税の課税対象とすることは許されないものである。このことは、法人企業において役員報酬や従業員に対する給与が事業税の課税対象とされていないことに照らすと極めて明らかというべきである。

(6) 以上述べたように、個人事業税の課税標準である事業の所得の算定に当たつては、事業主報酬は第七二条の一七第一項の「必要な経費」に当たるものと解すべきであり、かかる立場からすると、法第七二条の一八の事業主控除の規定は、事業に係る総収入金額から控除されるべき必要な経費の一勘定科目である事業主報酬につき、事業主報酬が事業主控除額未満の零細事業者に対し、税負担軽減の見地から最低控除額として当然に控除されるべき額を定めたものと解すべきであり、従つて、実際の事業主報酬額が右事業主控除額より大きい場合には、法第七二条の一八の規定は適用されず、実際の事業主報酬額が事業所得の計算上必要な経費として控除されるものと解すべきである。

2  以上前項で述べたように、事業主報酬は、個人事業税の課税標準算定上、法第七二条の一七第一項の「必要な経費」に当たると解すべきものであるが、もし右のような解釈を採らず、これが「必要な経費」に当たらないとするならば、右の規定は以下に述べるように憲法に違反する。

(一) 憲法第一四条第一項は法の下の平等の原則を闡明し、民主的原理に照らして、合理的な根拠のない不平等や差別扱いを禁止している。この原則は、現行憲法の根幹をなす大原則であり、政治的、社会的関係における不平等、差別のみならず、経済的関係における不平等、差別をも禁止していることは多言を要しないところ、租税の賦課徴収は最も基本的な公権力の発動行為であるから、憲法第一四条第一項がこれに適用されることは極めて当然といわねばならない。

ところで、地方税法が個人事業者に対し、事業主報酬の全額控除を認めていないと解するならば、法は、事業税の賦課徴収につき何らの合理的理由もないのに、個人事業主を同種同規模の法人成り企業者ないしは法人に比べて不利益に取り扱うものであるから、憲法第一四条第一項に違反するのである。

すなわち、法は法人については当該法人の役員に支払われた報酬全額を事業税対象から控除することを認めながら、個人事業主には僅かに一律年額一八〇万円(昭和五〇年度)を事業主控除として認めているにすぎないため、個人事業者の場合には、法人企業(殊に、本質的には個人企業でありながら法人の形態を借用している法人成り企業)と経済的実体が同じ、すなわち、業種、従業員数、経営方法、資産等が同じであり、かつ、当該事業から得られる収益が同じであつても法人成り企業に比べて事業税の課税標準が一八〇万円を上まわる事業主報酬分だけ多額となり、その結果、これに対応する分だけ重い事業税を負担しなければならないのである。これを例えば、第一一七号事件原告室賀幸男についてみると、仮に同人が法人成りしたとすると、その事業主報酬の全額控除が認められるから、事業税額は三六、一八〇円となるのに対し、これが認められず事業主控除だけだとすると、事業税額は一二〇、一五〇円となり、実に税負担は法人成りした場合の三・五倍にもなるのである。また、第一八四号事件原告芝崎敏雄の場合には、事業主報酬である七八〇万円が控除されず、事業主控除として一八〇万円のみが控除されたにすぎなかつたため、四八二、七五〇円の事業税が課されたが、もし、同原告が法人成りして同じ利益をあげ、七八〇万円全額を役員報酬として控除したとすれば、法人事業税額は二二四、〇〇〇円となり、個人企業の場合よりも二五八、七五〇円も負担が軽くなつていたであろう。さらに、事業税の物税としての性格あるいはその課税根拠からしても、個人事業主が同種同規模の法人成り企業に比し、重い事業税を負担すべき合理的理由は何ら見出し難いものといわねばならない。

(二) さらに、地方税法の規定が事業主報酬の全額控除を認めていないと解するならば、右規定は、憲法第八四条にも違反する。すなわち、憲法第八四条は、単に租税の賦課徴収が法律の規定に基づいて行なわれなければならない、ということだけを意味するものではなく、課税根拠となる法律そのものが合理的内容をもつべきことを要求しているところ、個人事業主に事業主報酬の全額控除を認めないことは、前項に述べたように法人成りした企業に対し個人事業主を不当に差別し、重い税負担を課するものであるから、内容において不合理というほかなく、従つて、憲法第八四条にも違反するものである。

六  被告らの主張

1  個人事業税の課税標準の算定に当たり、事業主報酬が法第七二条の一七第一項の「必要な経費」に当たらないことは、以下に述べるとおりである。

(一) 個人事業税の課税標準である事業の所得は、事業に係る総収入金額から必要な経費を控除した金額によるものとされているが、具体的には、法又は政令で特別の定めをする場合を除くほか、その年度の初日の属する年の前年中の所得税の課税標準である所得につき適用される所得税法第二六条及び第二七条に規定する不動産所得及び事業所得の計算の例によつて算定するものとされている(法第七二条の一七第一項本文)。そして、右の「不動産所得及び事業所得の計算の例によつて算定する」とは、個人事業税の所得計算は、所得税法における不動産所得及び事業所得と同じ方法で算定するということであり、具体的には、所得税法、所得税法施行令、所得税法施行規則のみならず、租税特別措置法その他の法令のうち不動産所得及び事業所得の計算について適用される規定がすべてそのまま事業税の課税標準たる所得の計算について適用されることを意味するのである。

(二) ところで、前項に述べたところからすれば、事業主報酬が法第七二条の一七第一項本文の「必要な経費」に当たるか否かは、法及び政令上、事業主報酬を必要な経費とする明文の規定がない以上、個人事業税の課税標準たる事業の所得を所得税法に定める事業所得等の計算の例によつて算定するに当たり、右事業主報酬を必要経費として控除すべきか否かという問題に帰着するのであるが、所得税法その他法令上、事業主報酬の必要経費算入を認める明文の規定はないし、所得税法の解釈上も、次に述べるように事業主報酬の必要経費性は認められないのである。

(1) 原告らは、事業主報酬は個人の事業自体の収入に係る費用であつて、法人企業の役員報酬と同性質である旨主張する。

しかし、法人の役員報酬は、役員の業務に対する対価であり、従業員給与と同性質のものであつて、定款や株主総会の議決によつてあらかじめ定められた報酬総額の範囲内で、その業務執行の対価として法律上その支払が義務づけられているものである。従つて、法人税法は、第三四条第一項に明文の規定をもつて役員報酬を営業収入にかかる費用とみて、役員報酬のうち不相当に高額な部分を除き、損金算入を認めているのである。これに対し、事業主報酬は、性質上事業主の自己労働の対価であり、役員報酬のように従属的労働の対価ではなく、事業主が、自己の危険と計算において、自分の身体や資産を運用して取得するもので、その額の決定は、事業主の裁量にかかつており、その支給も法律上義務づけられていない(事業主が本人に支払うと擬制してみたところで、事業主の右手が左手に支給を義務づけるようなものであり、法律的には無意味である。)。従つて、所得税法は、そもそもかかる自己労働の対価を必要経費とみていないのであつて、所得税法には法人税法第三四条のような規定はないのである。なお、事業主報酬なる考え方が企業会計上有用であり、これが企業会計においては、費用又は損金に当たると理解されるとしても、このような企業会計上の理解が直ちに税法の解釈を左右するものでないことは当然である。

(2) 所得税法は、所得の種類を一〇種類に分類しているが、これは所得の性質によつて担税力が異なるため、性質に従つて分類された所得ごとに所得計算をし、これを総合することによつて納税者個人の総所得金額を算定することにしているからである。そして、このうちの一種である事業所得は、その性質上、勤労性所得と資産性所得とが混然一体となつた所得の一定型として分類されたものであり、勤労性所得と資産性所得を合算した所得の定型として分類されたものではない。この点につき原告らは、事業所得を勤労性部分と資産性部分とに分けることができる旨主張するが、かくては、従属的雇用関係から生ずる給与所得と資産の譲渡や運用から生ずる譲渡所得あるいは不動産所得等との関連を調整しなおさなければならず、現行所得税法の解釈の域を逸脱するものといわなければならない。また、原告らは、所得税法が事業所得の算定に当たり、家事費を必要経費に算入することを禁止していることをもつて、所得税法が事業主個人と事業自体とを区別している旨主張するが、告の必要経費の区分は、わが国における個人事業の実情が、事業上の経費と家計上の経費とを混在させ、その区分が明確でないことから、所得計算上業務遂行に要する必要経費の部分を明らかにするためのものであり、事業主個人のほかに事業自体を想定しているものではない。従つて、事業主報酬は、事業主が自己労働の対価として事業収入の中から受領するものにすぎないのであり、これを従属的労働の対価と擬制する余地はないから、事業主報酬は事業所得の計算に当たり、性質上当然に、必要経費として控除されるものではない。

(3) 所得税法が、事業主報酬の必要経費性を認めていないことは、次のことからも明らかである。すなわち、同法第五六条は、納税者たる事業主個人と同一世帯に属する家族従業員について、その親族労働の対価を必要経費に算入することを禁止している。これは一般に、わが国の個人事業が事業遂行上事業主を中心としてその家族がこれに協力する家業的性格が強いため、事業と家計との区別が明確でない場合の多いことや、親族労働の対価の必要経費算入を認めると、親族間の取り決めによつて恣意的な所得分割が行なわれ、税負担の公平を阻害するからである。そうすると、事業主自身の自己労働の対価である事業主報酬については、より一層強い理由でその必要経費算入が禁止されているものと解するのが当然である。

(4) 原告らは、措置法第二五条の二のみなし法人課税の制度は、所得税法第五七条によつて認められている事業主報酬の必要経費算入の方法を特定する確認規定にすぎないか、ないしは課税標準算定のための規定である旨主張している。

しかし、措置法第二五条の二は、みなし法人課税制度を選択した場合の個人事業主の所得税額を計算するための特例を定めた創設的規定であり、所得金額算定のための規定ではないから原告らの右主張も失当である。すなわち、措置法第二五条の二の規定が所得税額計算の特例を定めた規定であることは、同条の文理及び立法の経緯からして明白であり(右規定が単なる確認規定でないことは、住民税につき地方税法附則第三三条の二の明文規定が設けられていることからも明白である。)、従つて、青色申告事業者がみなし法人課税を選択したからといつて、その者にかわる「所得税の課税標準である所得につき適用される所得税法第二六条及び第二七条に規定する不動産所得及び事業所得の計算」それ自体は、みなし法人課税を選択しなかつた場合と異ならず、所得金額自体に変更が生じるわけではないのである。

(5) 原告らは、事業主報酬の必要経費算入は、事業税の物税としての本質からの要請である旨主張するが、右主張も次のように失当である。すなわち、事業税は、物税として事業を課税対象とし、事業活動に担税力を見出すもので、応益課税の一種である。現行地方税法は、諸般の事情を考慮して、個人事業税につき、応益性の判定基準として事業所得を課税標準として採用したものであるから、事業所得は、事業の活動量に応じた受益の量を総体的に表現するものと解されるべきであり、事業所得によつて徴表される事業活動全体が、事業税の課税対象となるべきところ、実際に所得金額のうちでどの程度の金額を課税対象とすべきかは、政策的配慮に基づく立法府の裁量判断によつて決せられるべき性質のものである。ところで、現行の事業税制は、地方公共団体の財政需要の状況、法人事業税との税負担の不均衡の是正、零細事業者の税負担の軽減化、納税義務者の範囲を税務行政上適正な範囲に留めるなどの諸要素を総合的に考慮した結果、個人事業主の事業所得のうち、観念的に想定し得る勤労性部分に着目して、これを控除することにより課税対象をその残額部分に限定したのである。ただ、勤労性部分を控除する場合、既に述べたように勤労性部分と資産性部分の結合所得である事業所得のうちから、前者を区分することは本来不可能であり、また、これを区分し得るにしても区分の理論的・技術的基準が不明確である以上、これを客観的かつ明確に認定することは税務行政上困難であるから、これを概算的に控除することにせざるを得ないのである。要するに、法第七二条の一八に定める事業主控除の制度は、勤労性部分の一定数額による概算的控除であると解されるが、それは事業税の物税たる本質に由来するものではなく、立法府の裁量的判断に基づく政策的措置というべきである。

2  原告らの憲法違反の主張について

原告らは、個人事業税の課税標準の算定に当たり、事業主報酬全額を必要経費として控除することを認めない場合には、個人事業主を同種、同規模の法人成り企業に比べ不当に差別する結果となり、従つて、地方税法の個人事業税の課税標準算定に関する規定は、憲法第一四条第一項及び第八四条に違反する旨主張する。

しかし、原告らのほとんどについては、同種、同規模の法人成り企業に比べ不当に重い税負担を強いられているものとはいえないから、右主張は前提を誤つているし、また、原告ら主張のような税負担格差があるとしても、原告らの主張は、事業主報酬が法人役員の報酬と同性質の経費であることを立論の前提とするところ、事業主の自己労働の対価である事業主報酬は、現行所得税法上これを必要経費と解することは困難であり、また、仮に必要経費と解する余地があるとしても、所得税法上事業所得の算定に当たり必要経費として算入することを禁止されており、しかも右算入禁止の立法措置はそれなりの合理性を有するのであるから、事業主報酬に経費性が認められることを前提とする原告らの平等原則違反の主張は失当であり、結局、憲法第八四条にも違反するものではないというべきである。

なお、原告らは、事業主報酬の実額控除を認めないとすると、個人事業主の報酬部分につき事業税と所得税の二重課税になる旨主張するが、既に述べたように、事業税は事業所得を課税標準とするが、所得そのものを課税対象とするものではなく、事業を課税対象とするものであるから二重課税を生ずる余地はない。

七  原告らの反論

1  被告らは、事業所得から事業主の勤労性部分にかかる所得を区分することはできない旨主張する。しかし、仮に被告らの右主張が正しいとするならば、措置法第二五条の二は存立の基礎を失うものというほかはない。右規定が事業主報酬を認めたことは、事業主の当該事業における労務ないし役務の対価たる勤労性部分、すなわち事業主報酬を相対的客観性を有する額として認識することが可能であることを前提として成立しているのであり、それ故に、事業主報酬額が相対的客観性を超えて租税回避行為と認められるときは、これを否認するものとしている(措置法第二五条の二第五項)。従つて、被告らが主張するように、勤労性部分を区分することが不可能ならば、妥当若しくは相当な事業主報酬額の判断もあり得ないはずである。

そもそも、役員報酬にせよ、給与にせよ、あるいは事業主報酬にせよ、それらが主観的判断を入れる余地がない程、客観的かつ一義的に決定され得ることは不可能というほかないのである。しかし、このことから直ちに、相当額または過大額が判断し得ないことにはならず、事業の労働時間等の個別的要因、業種、規模、企業の成果等の総合判断において、相対的ではあるが、客観的な額を認識することは可能というべきである(最判昭和四三年八月二日・民集二二巻八号一五二五頁参照)。

2  被告らは、個人企業において、事業主自身が自己に報酬を支払うなどということは無意味な想定であると主張する。しかし、右の考え方に立つなら、所得税法が個人の所得をその発生の源泉に従い一〇種類に区分したうえ、それぞれの所得金額計算の方法を定めていることを無意味ならしめることになるのである。同一個人といえども、各種の経済活動を営んでいるものであり、このうちの一つである事業を、事業税の課税客体とし、各種所得のうちから右事業に係る所得のみを課税客体とすることは決して無意味な想定でないことは明らかであるし、また、所得税法第五六、五七条が、「事業から対価の支払いを受ける」ものと規定していることを被告らの右主張は無視するものである。

3  被告らは、措置法第二五条の二の規定が創設規定であることは住民税にみなし法人課税制度を導入するにつき、地方税法附則第三三条の二の明文規定が設けられたことからも明らかである旨主張する。しかし、所得税についての措置法第二五条の二は、法人の場合と同様に、企業と家計の経理区分を明確にし、社会的経済的実態が法人と特に異なるところのない個人事業主に、個人形態のままで法人の場合とほぼ同様の課税を受ける途を開く趣旨で認められたものであるから、これを受けて設けられた住民税についての前記規定は、みなし法人制度の確認規定にすぎず、従つて、事業税につき右のような規定を欠くとしても、事業主報酬を必要な経費として控除することは当然可能というべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1及び2の事実並びに原告らがそれぞれ別表の事業内容欄記載の事業を営む者で、その昭和四九年中の事業の所得は別表の事業所得金額欄記載のとおりであることはいずれも当事者間に争いない。

二  原告らは、本件賦課決定における課税標準の算定上、別表の事業主報酬額欄記載の事業主報酬は、法第七二条の一七第一項本文に規定する必要な経費に当たるから、これを原告らの前記事業所得から控除すべきであると主張するので、以下この点につき判断する。

1  都税条例第一条及び第二五条並びに法第七二条の一七第一項本文によれば、個人事業税の課税標準は、当該年度の初日の属する年の前年中における個人の事業の所得とされ、右事業の所得は、当該年度の初日の属する年の前年中における事業に係る総収入金額から必要な経費を控除した金額によるもので、その算定の方法は、法又は政令で特別の定めをする場合を除くほか、当該年度の初日の属する年の前年中の所得税の課税標準である所得につき適用される所得税法第二六条及び第二七条(同法第一六五条の規定によりこれらの規定に準ずる場合を含む。)に規定する不動産所得及び事業所得の計算の例によつて算定するものとされている。

ところで、前記の当事者間に争いない原告らの事業内容と弁論の全趣旨によれば、原告らの事業税の課税標準の算定に当たつては、右の法又は政令で特別の定めをする場合に該当するものではないから、けつきよく、原告らの事業税の課税標準の算定は、所得税法第二七条に規定する事業所得の計算の例によることとなる。

(一)  そこで、まず、所得税法における事業所得金額の計算上、事業主報酬は必要経費に当たるとの原告ら主張につき検討することとする。

(1) 所得税法は、租税負担の公平を図るため、所得をその発生の源泉に応じて一〇種類に区分し、それぞれの所得金額の計算方法を定めている(所得税法第二三、二四条、第二六条ないし第二八条、第三〇条及び第三二条ないし第三五条)が、右の所得分類によれば、所得税法は、右一〇種類の所得の分類に当たつては、所得を担税力の観点から資産性所得、資産と勤労の結合所得及び勤労性所得に区分し、このうち資産性所得が担税力が最も強く、勤労性所得が最も弱いとの考え方を右所得分類の基本として採用しているものと解することができる。そして、事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性と有償性を有し、かつ反覆継続して遂行される業務から生ずる所得をいうものとされ、前記区分のうち資産と勤労の結合した所得の一つに当たるものと解されるのであるから、このような所得税法の基本的構成からするなら、所得税法は、事業主の資産と勤労の結合から生じた所得を不可分一体の所得として観念しているものというべきであつて、原告らが主張するように、個人企業の事業所得について事業主とそれとは別個の存在としての事業自体とを想定し、事業主の事業に対する労務提供の対価を事業所得から分離し、これを勤労性所得としての事業主報酬とする考え方を採用しているとはいえないのであり、従つて、事業所得金額の計算上、事業主報酬の必要経費性を当然に予定しているともいえない。

もつとも、成立に争いのない甲第二九号証及び証人富岡幸雄の証言によれば、会計学ないし税務会計学の観点からすると、個人企業の事業所得については、事業主とは別個の経済的実体ないし納税主体としての「事業」それ自体の存在を認識し、事業主報酬は、事業主がかかる意味での「事業」から得る勤労性所得と観念し、これを控除したその余を資本運用所得と理解すべきであり、このように解することによつて、原価計算や必要経費の把握を合理的に行なうことができるとする見解があることが認められ、右は、会計学の立場からすれば十分に傾聴に値するものではあろう。しかし、税法の立法ことに解釈については、会計学の立場からする理論的解明にももちろん配慮する必要はあつても、その観点のみから決するべき性質のものではなく、その他の税法学の観点からの検討や政策的配慮等も総合的にしんしやくして決する必要があるのである。そうして、この観点からすると、事業主報酬の必要経費性については、立法論としてはともかく、現行法の解釈としては、当然に肯定されるべきものとはいえないこと前述のとおりである。

(2) ところが、原告らは、この点につき、事業主報酬は法人の役員報酬ないし従業員に対する給与と本質において変わるところがないとしたうえ、所得税法は事業所得を他の所得から区分し、かつ、事業所得金額の計算上、家事費の必要経費算入を禁止しているのであるから、これらの規定からすると、事業自体と事業主個人の他の経済主体としての側面とを厳格に区分していると解されること、同法第五六条は、事業が事業専従者に対して支払う対価の必要経費算入を禁止しているが、同法第五七条第一項において、青色申告者については右支払対価の必要経費算入を認めていることなどからすれば、原価(コスト)を構成すべき事業主報酬の必要経費性が所得税法において容認されていることは明らかであり、従つて、措置法第二五条の二のみなし法人課税の制度は単なる確認規定にすぎないものと解すべきであると主張する。

そこで、右主張について検討するに、まず、所得税法上における役員報酬ないし従業員に対する給与と原告ら主張に係る事業主報酬の性格についてみるに、役員報酬ないし従業員に対する給与は給与所得に属するものとされ、これらは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付であるのに対し、原告ら主張にかかる事業主報酬は、右の雇傭契約のような支給原因がなく、もつぱら事業主の自分自身の労務ないし役務の提供に対する自己評価としての性格を有するものであるから、右両者は、法律上の支給原因の有無、報酬額決定の方法及び労務提供の状況において異なるものであるし、また、所得税法が、事業所得を他の所得から区分している理由は、前記のように事業所得が資産勤労結合所得としてとらえられ、これが他の所得と担税力を異にするものと理解されているからであるし、所得税法が家事費の必要経費算入禁止を定めている(同法第四五条第一項第一号)のは、個人事業者は事業を営むと同時に私的消費主体としての側面を併有するのであるから、後者の側面の混入を防止することにより、前記の所得分類の趣旨に沿つた担税力に応じた課税を実現するべく事業所得金額の正確な計算を可能ならしめるための規定であつて、これらをもつて、所得税法が事業所得につき事業主のほかに事業自体の存在を肯定しているものと解することはできないものというべきである。

さらに、原告らは、所得税法第五六、第五七条を根拠に、所得税法は事業主報酬の必要経費性を容認している旨主張するが、右主張も以下のとおり採用できないものである。すなわち、右第五六条は昭和二五年の税制改正で、従来の同居親族合算課税の制度が廃止され、原則として所得者個人に対して課税する制度(個人単位主義)が採用されたことに伴い、その例外措置として設けられた規定であり、その内容とするところは、事業を営む居住者と生計を一にする親族(以下「同居の親族」という。)が、当該事業から事業等に従事したこと等の理由により対価の支払を受ける場合には、当該居住者と同居の親族とを一箇の課税単位としてとらえ(世帯単位主義)、この結果、当該居住者の事業所得等の金額の計算上、右対価の金額を必要経費に算入し得ないかわりに、同居の親族のその対価に係る所得金額の計算上必要経費に算入されるべき金額を、右居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費に算入し、さらに、右同居の親族については、支払を受けた対価の額及び支出した必要経費はいずれも存在しなかつたものとみなされる。

これに対し、同法第五七条第一項は、青色申告書の提出承認を受けている居住者については、同居の親族がもつぱら右居住者の営む事業に従事することを理由として給与の支払を受けた場合に限り、右給与額の相当性と所定の手続の履践とを条件に、居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費に算入し、かつ、右同居の親族の給与所得に係る収入金額とする旨定めているのである。

以上によれば、所得税法第五六条は、居住者と同居の親族という特殊の関係に基づく所得分割による租税負担回避を防止するため、所得税法が採用する個人単位主義の例外措置として世帯単位主義を採用するための規定であり、これに対し、同法第五七条第一項は、帳簿書類の完備している青色申告者については、同居の親族に支払つた給与で所定の条件を満たすものに限り、本来の個人単位主義の取り扱いに戻すことを定めた規定と解すべきであるから、右第五六条が同居の親族が「当該事業から対価の支払を受ける場合」と定め、第五七条第一項が「当該事業から……給与の支払を受けた場合」とそれぞれ定めているからといつて、右文言から直ちに個人事業所得につき事業主とそれ以外の経済主体としての事業とを区分し、事業主が事業に提供した労務の対価を事業主報酬としてこれを事業の所得金額の計算上必要経費とすることを容認した規定と解することはできない。

(3) 以上要するに、所得税法は、事業所得を資産と勤労の結合所得とし、これらを不可分一体のものとして構成しているものというべきであるから、原告ら主張に係る事業主報酬なる考え方がいかに企業会計上合理的な原価計算を可能ならしめる等の有益性を有するとしても、これが所得税法第二七条第二項の事業所得金額の計算上必要経費に当たるとの原告ら主張は採用できず、また成立に争いのない甲第二六号証記載の右主張と同趣旨の意見も採用し難いものといわねばならない。

なお、原告らは、措置法第二五条の二のみなし法人課税の制度は、所得税法において事業主報酬の必要経費性が容認されていることを前提とし、その算入方法を特定するための規定である旨主張するが、以上述べたところから明らかなように、右主張は前提を誤つていて失当であるし、また、右規定が単なる確認規定でないことは、右規定はその文言上明らかなように時限立法であること及びみなし法人課税の再選択は認められないこと(措置法第二五条の二第一項)等から明らかであるからこの点に関する原告ら主張も失当である。なお、みなし法人課税を選択した場合に係る道府県民税及び市町村民税の課税の特例を定めた地方税法附則第三三の二についても、右に述べたのと同様の理由によりこれを確認規定と解することはできない。

(二)  次に原告らは、措置法第二五条の二の規定は、所得税法第二七条が定める事業所得金額計算の特例を定めた規定と解すべきであるから、右規定は、みなし法人課税を選択している原告らの個人事業税の課税標準の算定に当たつても適用される旨主張するので以下この点について判断する。

(1) まず、みなし法人課税の仕組みについてみると、措置法第二五条の二によれば、みなし法人課税を選択した居住者の当該年分の所得税の額は、<1>当該年分の不動産所得の金額及び事業所得の金額の合計額から事業主報酬の額を控除した残額(以下「みなし法人所得額」という。)に百分の二十三・九(みなし法人所得額のうち七百万円を超える部分の金額については百分の三四・一)を乗じてみなし法人所得税額を算出する(同条第二項第一号、但し、昭和四九年法律第一七号による改正後のもの)。<2>当該年分の不動産所得の金額及び事業所得の金額がないものとみなし、かつ、事業主報酬の額を給与所得に係る収入金額とみなした場合における総所得金額に、当該年分のみなし法人所得額の百分の七二(みなし法人所得額のうち七百万円を超える部分の金額については百分の六十、右改正後の同条第三項第一号ロ)に相当する金額を内国法人から受ける利益の配当とみなした場合における配当所得の金額を加え、この合計額を当該年分の総所得金額とし、この総所得金額並びに退職所得金額及び山林所得金額につき所得税法第二編第二章第四節並びに第三章及び第四章の規定により個人所得税額を算出する(措置法第二五条の二第二項第二号及び第三項)。そして、以上の<1>及び<2>の合計額をもつてみなし法人課税を選択した居住者の当該年分の所得税の額とするというものである。

以上によれば、みなし法人課税を選択した居住者については、当該年分の所得税の額を計算するに当たり、当該年分の不動産所得の金額及び事業所得の金額はないものとして扱われ、代わりに事業主報酬の額が給与所得に係る収入金額として、みなし法人所得額の百分の七二(七百万円を超える部分の金額については百分の六十)が配当所得としてそれぞれ取り扱われるのであるから、特例としての所得税額の計算過程において、当該居住者の計算上の総所得金額ないし課税総所得金額に変動を生ずることはあつても、これが不動産所得の金額及び事業所得の金額の計算方法自体に影響をもたらすものではない。すなわち、右制度の仕組みに照らすならば、みなし法人課税の制度は所得税法が定める不動産所得、事業所得等の金額計算の方法及びこれに基づき算出された所得金額を前提としながら、個人事業者に対し法人類似の課税を実現するため、実質的には不動産所得及び事業所得を事業主報酬とみなし法人所得とに分解し、前者を給与所得の収入金額、後者に一定の率を乗じて得た額を配当所得とするものであるが、措置法第二五条の二の規定の文言からすれば、これが不動産所得及び事業所得の金額の合計額から事業主報酬の額を控除して得たみなし法人所得額をもつて個人の不動産所得及び事業所得の金額とする旨定めた趣旨とは到底解釈できないし、右の給与所得の収入金額から算出される給与所得の金額と配当所得の金額との合計額をその年分の総所得金額とする旨の同条の二第三項の規定の趣旨は、同条の二第二項第二号の規定をうけて税額計算の方法を定めたものと解されるのであつて、不動産所得金額及び事業所得金額の計算方法自体には何ら変更を生ずるものではなく、また、事業主報酬額を不動産所得の金額及び事業所得の金額計算上必要経費に算入する旨を定めた規定もない。そうすると、措置法第二五条の二の規定は、前記のような仕組み及びその文言等からするとみなし法人課税を選択した場合の所得税額計算の特例を定めた規定と解すべきであるから、これに反する原告らの主張は採用できない。

(2) そうして、個人事業税の課税標準である所得は、既に述べたように不動産所得及び事業所得の計算の例によつて算定するものであるところ、前記のように措置法第二五条の二の規定は、事業所得等の計算に関する規定ではないから、原告らがみなし法人課税を選択しているからといつて右規定が原告らの個人事業税の課税標準算定に適用されることにはならず、従つて、この点に関する原告ら主張は採用できないし、これと同趣旨の原本の存在及び成立に争いのない甲第二七号証の一、二、成立に争いのない甲第二九号証及び証人富岡幸雄の証言によつて認められる原告ら主張に副う見解は採用できない。

(三)  原告らは、所得税法が事業主報酬の必要経費性を容認している事実は、青色専従者完全給与制実現に至る経緯並びに事業主報酬に関する青色事業主特別経費準備金制度及びみなし法人課税制度実現の経緯に照らして明らかであると主張する。

しかし、既に前記(一)に述べたところからすると、事業専従者に対する給与の取扱いについては、所得税法は、本来的に右給与の必要経費性を否定しているものと解すべきではなく、ただ、租税負担の回避を防止するための政策的観点から、同法第五六条において同居の親族に対する給与等の対価の支払を必要経費として認めない旨規定し、同法第五七条第一項においては、帳簿書類の完備している青色申告者の支払う給与については、右租税負担回避のおそれが少ないものとし、同条第一、二項所定の条件を満す限り本来の必要経費として取り扱う旨を定めているのである。これに対し、事業主報酬については、既に述べたように、所得税法が事業所得を資産と勤労の不可分一体の結合所得として構成していることからすると、右の同居の親族に対する給与等と異なり、本来、その必要経費性を容認しているとは認められないのであるから、両者は、その基本的性格を異にするものであり、従つて、青色専従者に対し完全給与制が実現したからといつて、これが事業主報酬の必要経費性が容認されていることの証左となるものではない。

さらに、青色事業主特別経費準備金の制度は、青色事業者につき毎年の事業所得金額の五パーセントを限度(最高限度一〇万円)として青色事業主特別経費準備金勘定への繰り入れを認め、右繰入額を事業所得金額の計算上必要経費として控除するというものである(昭和四六年法律第二二号による改正後の租税特別措置法第一八条の三、なお、この制度は一年で廃止された。)し、また、みなし法人課税の制度は前記(二)に述べたとおりであるから、これらの制度の仕組みに照らすなら、これらの制度が設けられたからといつて所得税法が事業主報酬の必要経費性を容認している証左とするわけにはいかない。

(四)  原告らは、事業税は事業を課税客体とする物税であり、その課税根拠は、事業が収益活動を行なうに当たり地方公共団体の各種の施設を利用したり、その他の行政サービスの提供を受けるため、これらに必要な経費を分担すべきであるとする応益原則に求められるのであるから、これらの事業税の性格及び課税根拠に照らすならば、個人事業税の課税標準の算定に当たつては、事業所得から事業主の勤労の対価である事業主報酬を控除すべきは当然であるし、もし、これを控除しないとするなら、右事業主報酬部分については事業税と所得税の二重課税を招来する旨主張する。

そこで検討するに、事業税の課税客体が事業であり(法第七二条第一項)、講学上の物税に属すること及びその課税根拠が、事業が収益活動を行なうに当たり地方公共団体から受ける各種の行政サービスに要する経費を受益量に応じて負担すべきであるとの応益性の原則に求められることは原告ら主張のとおりである。しかし、事業税の性格及び課税根拠が右のようであるからといつて、このことから直ちに、原告ら主張のように事業税の課税標準算定に当たり、事業主報酬が控除されなければならないことを意味するものではない。蓋し、右のような事業税の性格及び課税根拠からは、事業税の課税標準は、事業が受ける行政サービス等の受益量をより正確に反映するもの、例えば、収入金額、資本金額、従業員数あるいは付加価値等の外形基準によることが合理的とも考えられるのである。しかしながら、そのいずれが事業の受益量を最も適確に測定する指標であるかは、必ずしも明確であるとはいえないのみならず、事業税の沿革からして、余りに急激な税負担の変動が生ずるのは望ましくないこと及び収益の低い中小企業から事業税を徴収することには政策上問題があること、その他税務行政の簡素化の見地からも、現行法は、個人企業に対しては所得を課税標準としたという経緯がある。そうして、右に述べた事業税の本来的な性格及び課税根拠からすると、事業所得等の金額から事業主報酬を控除した方がこれを控除しない場合に比べてより一層当該個人事業の受益量を反映するという理由は見出し難い。なお、原本の存在及び成立に争いない乙第五号証の一によれば、税制調査会は、昭和四三年七月の「長期税制のあり方についての答申」において、事業税の課税標準の改善のための検討を行なつているが、これによれば、事業の規模または活動量を最もよく表現するものとして付加価値要素の導入が考慮されているところ、この場合の課税標準は、各年度の所得金額及び加算法による付加価値額(所得+給与+支払利子+地代及び家賃)とされている事実が認められるのであり、この事実も事業税の性格ないし課税根拠から、その課税標準の算定に当たり事業所得のうちにしめる勤労性部分が控除されねばならないことが必然的に要請されるものではないことを物語つているものというべきである。

次に、原告らは、個人事業税の課税標準である所得から事業主報酬を控除しないなら、右事業主報酬部分については、事業税と所得税の二重課税を招来する旨主張する。

そこで検討するに、個人事業税の課税標準である所得から事業主報酬部分を控除しなくても、このことから直ちに事業税の本来的な性格ないし課税根拠に反するとまでいえないことは前述のとおりであるところ、所得税が所得そのものを課税対象とするのに対し、事業税は、事業を課税対象とし、法人ないし個人が行政サービスを受けながら事業活動を営んでいる事実に担税力を見出し課税するものであるから、事業税の課税標準としての所得は、法人ないし個人の事業活動を通じての行政サービスの受益量の指標として把握されているものというべきであつて、両者の課税標準が同じ所得であるとしても、その意味を異にするのであつて、これを二重課税ということはできないからこの点に関する原告らの主張も採用できない。

また、事業主報酬が事業自体の所得でないとする原告らの主張の理由のないこともまた、前述のとおりである。

三  原告らは、法第七二条の一七第一項本文が事業主報酬の全額控除を認めていないとするなら、法人企業においては、役員報酬の全額が事業税の課税標準から除かれるのに対し、右法人企業と同一の経済的実体を有する個人事業者においては、法第七二条の一八の事業主控除が認められるだけであるから、右事業主控除額を上回る事業主報酬分だけ重い税負担を強いられることになり、これは憲法第一四条第一項に違反し、ひいては同法第八四条にも違反すると主張する。

1  そこでまず、法人事業税における役員報酬の取扱いについてみるに、法人事業税の課税標準は、特別の場合を除いては当該事業年度の所得であり(都税条例第二五条第一項、法第七二条の一二)、右の所得は、各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額によるものとし、法令で特別の定めをする場合を除くほか、当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によつて算定するものとされている(都税条例第一条、法第七二条の一四第一項)。そして、法人税法においては、役員報酬はそれが不相当に高額な部分を含まない限り全額損金に算入される(法人税法第三四条第一項)のであるから、右の法人事業税の課税標準の算定方法によるなら、役員報酬は、それが不相当に高額な部分を含まない限り全額事業税の課税標準の算定に当たり控除されることになる。これに対し、個人事業税における事業主報酬の取扱いについては、既に説示したように、個人事業税の課税標準である所得の算定上、事業主報酬(ここにいう事業主報酬とは、事業主の提供した労務等の対価という意味であり、従つて、措置法二五条の二にいう事業主報酬と直ちに符合するものではない。)は必要経費として控除されるものではない。

以上によれば、法人事業税においては、役員報酬はそれが不相当に高額な部分を含まない限り全額課税標準から控除されるのに対し、個人事業税においては、事業主報酬は控除されないのであるから両者の事業税負担に差異が生じることは明らかである。そこで、進んで右の関係が憲法第一四条第一項の定める平等原則に違背しないかどうかにつき検討する。

2  被告らは、役員報酬は経費性が認められているのに対し、事業主報酬はこれが認められていないのであるから両者は性質を異にし、従つて、事業税の賦課徴収に当たり、右の両者の取扱いに前項のような差異があつても平等原則違反の問題は生じない旨主張する。そこで検討するに、これまで述べてきたところから明らかなように、右両者の法人税法ないし所得税法上における取扱いについては右被告ら主張のとおりであるが、しかし、個人事業税の賦課徴収につき、事業主報酬に関する現行地方税法上の取扱いが憲法の定める平等原則に適合しているか否かが問題とされている本件においては、役員報酬と事業主報酬が実質的にみた場合に同質性を有するものと認められれば、憲法の定める平等原則適合性の有無が問題となるものというべきところ、既に述べたように、事業主報酬は、所得税法においては事業所得の一部として資産性部分と不可分一体のものとして構成されているが、このことは事業所得のうちにしめる事業主報酬部分の客観的評価が不可能であることを意味するものではなく、事業主の提供した労務ないし寄与分に対する客観的な金銭的評価すなわち対価相当額の確定は、当該事業主の職務内容、事業自体の収益の状況、使用人に支給する給与の状況及び同種同規模の法人における役員(社長)報酬額等を勘案して評価することにより一応可能となるというべきである(措置法第二五条の二第五項、措置法施行令第一七条の七、法人税法第三四条第一項、法人税法施行令第六九条参照)。そして、このようにして評価された事業主提供にかかる労務ないし寄与分に対する対価相当額すなわち事業主報酬は、当該事業所得にしめる勤労性部分とみることができるから、この意味では法人の代表者に対する報酬と同質性を有するものといえよう。ところで、既に述べたように、事業税の課税標準である所得は、事業の活動量ないし受益量についての一応の指標として理解されるところ、前項に述べたように現行地方税法においては、法人事業税は役員報酬を除いて課税標準が算定されるのに対し、個人事業税は右役員報酬と同質性を有する事業主報酬が課税標準に含めて算定されるのであるから、右地方税法上の取扱いに関し法人と個人事業者との間には平等原則の上で問題があるしまた、以上のことは、後記のように、事業主控除の制度が事業主の勤労部分の概算的控除を主要な一要素としていると説明されている事実からも首肯されるものというべきである。従つて、前記の被告ら主張は採用できない。

3  そこで次に、前記の事業主報酬と役員報酬についての事業税の賦課徴収に関する現行地方税法上の取扱いの差異に合理性が存するか否かについて検討する。

まず、役員報酬についてみると、役員報酬は、法人と役員との委任契約に基づき(商法第二五四条第三項、有限会社法第三二条参照)支給され、その報酬額は、定款又は株主総会で定められる(同法第二六九条、有限会社法第三二条参照)。これに対し、事業主報酬は、個人事業主が自己の提供した労務ないし寄与を自己評価して決定するものであるから、現実の支払がされるとは限らず、現実の支払いがない場合には経理上の処理にとどまるものであるから観念的性格を払拭し得ず、しかも、個人事業者につきこのような事業主報酬を自ら決定し、これに基づき経理上の処理を行なうことが一般的であるような事実を認めるべき証拠も存在しない。

ところで、法第七二条の一八の事業主控除の制度は、個人事業税の課税標準の算定に当たり、一定額(本件係争年度については年額一八〇万円である。昭和五一年法律第七号による改正前の地方税法第七二条の一八第一項)を控除すべきことを定めているものであるが、原本の存在及び成立に争いない乙第四号証の一及び同第一〇号証によれば、右事業主控除の制度は、免税点制度に端を発し、昭和二七年度の税制改正で基礎控除制度に、さらに同三六年税制改正で現行のような事業主控除制度となつたものであるが、右制度の現時における趣旨は、零細事業者の事業税負担の排除と事業主の勤労性部分の概括的な控除を行なうことにより、事業税負担の公平を図る点に存するものと認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、事業主報酬は、自己評価によつて決定されるものであり、かつ観念的性格を払拭し難いため、報酬額の決定が恣意に陥りやすく、かつ、そのため、全体としての事業税収入に影響が及ぶという問題点を有するうえ(所得税の場合には、事業主報酬も給与所得として課税の対象となる。)、報酬額の決定及びこれに基づく記帳経理が一般化しているとはいえないのであるから、このような諸事情のもとでは、事業税負担の公平を確保するため事業主の勤労性部分すなわち事業主報酬を控除するに当たり、報酬額を当該個人事業主自身の決定に委ねるかわりに、一律定額控除制度を採用することにも右控除額が合理性を失しない限り、立法政策として合理性がないとはいえない。

従つて、以上のような理由から採用された定額控除の制度に合理性が認められるとするならば、現実の事業主報酬が事業主控除額を超えるからといつて、定額の控除額以外にさらにこれを超える事業主報酬部分の控除を認めなければならないということにはならないから、この点に関し法第七二条の一八の事業主控除制度は、事業主報酬の最低控除額を定めるもので、右控除額を上回る事業主報酬部分の控除を禁止するものではないとする原告らの主張は採用できない。

そこで、本件係争年度に係る事業主控除額一八〇万円が合理性を失しない金額であるか否かについて検討する。まず、事業主控除額決定の性格についてみるに、右控除額の決定は、各種の個人事業と同種同規模の法人企業の役員報酬の状況、事業専従者の給与の状況等を勘案して始めてなし得るものであるが、右各要素の多様性及び流動性に照らすならば、これらの適確な把握とこれに対する適切な評価及び判断は、立法府の合目的的な裁量判断に委ねられているものというべきであり、従つて、右認定判断の誤りは、これが一見して明白な場合を除いては直ちに違憲違法の問題を生ずるものではないというべきところ、これを本件についてみると、全証拠によつても本件係争年度の事業主控除額一八〇万円が一見明白なほど事業主控除額として低額であるものと認めるに足りる証拠はない。

かえつて、前掲乙第一〇号証によれば、事業主控除額及び個人事業税納税義務者数は、昭和三七年度、事業主控除額二〇万円、納税義務者数一二八万人(以下、右順序で表わす。)、同四〇年度、二四万円、一五九万五千人、同四五年度、三二万円、二〇八万五千人、同四六年度、三六万円、二二三万六千人、同四七年度、六〇万円、一七二万七千人、同四八年度、八〇万円、一四六万六千人、同四九年度、一五〇万円、六四万八千人と推移した事実が認められるところ、右事実によれば、個人事業税の納税義務者数は、昭和四九年度における事業主控除額の大幅引上げにより昭和四八年度より八一万八千人も減少していることになるところ、本件係争年度は、前記のようにさらに一八〇万円に引き上げられているのであるから、この一八〇万円(年額)が事業主控除額として一見明白な程低額であるとは認められない。

そうすると、個人事業税の賦課徴収に当たり、事業主の勤労性部分を事業主控除制度として定額で控除する現行制度は、事業主報酬の特質に照らすと合理性がないとはいえないというべきであるから、立法政策として違憲の問題を生ずる程法人に比し不当な差別であるということはできず、従つて、この点に関する原告らの主張は採用の限りではない。

なお、原告らは、個人企業と経済的実体の異ならないいわゆる法人成り企業に比べて個人事業主は不当に差別されている旨主張するので検討するに、確かに個人企業と何ら経済的実体の異ならない法人成り企業(その多くは同族企業である。)が多数存することはいわば公知の事実であり、これらの役員報酬が既に述べたような法人事業税の課税標準算定の方法に従い、全額損金として控除されていることは明らかであるが、個人事業税における事業主の勤労性部分、すなわち事業主報酬の取扱いについては、前記のように事業主控除制度を採用することが事業主報酬の特質に基づくものとして合理的でないとはいえないとされるのであるから、個人企業と経済的実体を同じくする企業が、法律所定の要件を具備することにより法人となり、課税上も法人としての取扱いを受けたからといつて、直ちに個人事業主に対する前記取扱いが合理性を失う理由は見出し難いし、また、法律の定める要件を充足することにより法人化する途は等しく開かれているのであるから、前記のような法人成りの事実があるからといつて、個人事業主に対する事業税の賦課徴収それ自体が不合理な差別となるともいえない。

もつとも、所得税及び個人の道府県民税、市町村民税について前述のような内容のみなし法人課税制度が導入されている以上、事業税についても右制度の適用を認めるべきであるとする見解も、立法論としては合理的根拠を有することは否定できない。もちろん、所得税法の解釈として事業主報酬の必要経費性が当然に肯定されるべきものというわけにはいかないこと、措置法第二五条の二の規定は、所得税額計算の特例を定めた規定であつて、個人事業税の課税標準算定に際して適用されるものではないことは、いずれも前判示のとおりである。さらに、事業税の課税客体は事業そのものであり、その課税根拠は事業が収益活動を行なうに当たり地方公共団体の各種の施設を利用したり、その他の行政サービスの提供を受けるため、これらに必要な経費を分担すべきであるとする応益原則にあると解されること及びそれ故に事業税の課税標準としては、事業が受ける行政サービス等の受益量を反映する指標によるのがより合理的であるとも考えられ、従つて、現行法におけるように所得を事業税の課税標準とすることを前提とした場合においては、事業主報酬を事業所得等の金額から控除すべき理論的必然性がないこともまた、前述のとおりである。しかしながら、理論上は問題の余地があるにせよ、政策上の観点等から事業所得等の金額を事業税の課税標準として採用した以上、所得税及び個人の道府県民税、市町村民税について適用されているみなし法人課税制度の趣旨とするところ、すなわち、事業主報酬の支払経理を認めることによつて企業と家計の経理の区分を明確にし、個人企業の経営の近代化、合理化を図ること、中小企業のいわゆる法人成り現象にかんがみ、個人企業にも一定の条件のもとに法人並みの課税方法を選択する余地を認めて、その間の課税の公平を図ろうとするという趣旨は、均しく事業税にも妥当するともいえよう。けれども、みなし法人課税制度が現に時限立法として設けられていることにも表われているように、右制度も選択の幅のあるいくつかの政策のうちの一つなのであつて、事業主控除の制度にもそれなりの合理性を否定できないこと前記のとおりであるし、また、前掲甲第二九号証及び成立に争いのない甲第二四号証によれば、一般的にいえばみなし法人課税を選択した方が課税上有利であるとされてはいるが、事業に係る収入金額や予め所轄税務署長に届け出た事業主報酬の額の如何によつて一様ではなく、選択しない方が税額が少なくなる場合もあり得ることが認められるのであるから、常にみなし法人課税制度の方が納税者にとつて有利であるわけでもない。けつきよく、事業税についてもみなし法人課税制度を導入するかどうかは、租税政策全般の見地から、立法府の裁量によつて決せられるべき政策的事項の一つであつて、将来何を事業税の課税標準として採用するかという、より根本的な問題とも関連するのである。

従つて、原告らの憲法第一四条第一項に違反する旨の主張は失当であるし、また、右違反を前提とする同法第八四条違反の主張も前提を欠くから失当というべきである。

四  以上の次第であるから、原告らの請求はいずれも理由がないものとして棄却を免れず、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三 原健三郎 田中信義)

別表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例